2017/02/01 宿命

「お子さんも悪くないし、あなたも悪くない。そう言う“宿命”なんだ、と納得するしかないんだよね。その中で納得しながらどうやって生きていくか、ってことだよね」お医者さんがそう言ってくれて私の目はすごく熱くなって視界がぼやけた。

朝、私の熱は一度下がったが1時間後に再度測ると37度6分…ダメだ。行けない。昨日夫に念のため長女に“お母さんは行けないかも”と伝えてもらっておいて良かった。事前に分かっていればしっかり納得できるタイプなので大丈夫。と思う。こう言う時に責めるのではなく優しくしてくれる夫でつくづく良かった…この10日間、病院を出たり入ったりしているのでどこかのタイミングでもらってしまったのかもしれない。手を洗う、アルコール消毒、うがい、マスクをしていても、なるものはなる。長女にうつってないか、ただそれだけが心配。急変の可能性を秘めているこの時期だ。いくらHCUにいるとはいえ、熱が出たり咳を繰り返して血圧が上がったら…綱渡りだ。

また夫が次女を連れて幼稚園バスに乗せ、母が朝食を作ってくれる。園の準備など大丈夫かチェックする。

長女の昨日のCTの検査結果を夫から聞く。右の脳の梗塞範囲より少し広がったところに薄く白いモヤモヤができている事。それはおそらく少し出血しているのだろうとのこと。しかし脳の腫れは少し収まったこと。脳出血を広げたくないので血液サラサラ(ヘパリン)の点滴は止めたい、のだが、循環器科、心臓血管外科の立場(足の血の塊)からすれば今その点滴を止めてほしくない。と言うことで、2から1.5に減らしたこと。引き続き検査をまめにしていくこと…そうか…その点滴を全部止めないと、まだ出血が広がるんじゃないの…?でも止めたらヘソ下の足の動脈が詰まるかもで、そしたら手術しなきゃならなくなって、麻酔する事で更に脳も悪くなって…なのだろう。苦渋の決断である事が分かる。不安いっぱい。

そんな中私は熱を出して行けない。なんなんだよ。なんなんだよ、ホントに。ただ寝るしかない。食欲はあるので食べてお湯いっぱい飲んで朝から寝る。

今日は私の代わりに母に行ってもらう事にする。11時ごろに起き、長女の「やりたいことノート」にディズニーランドやディズニーシー、一風堂のラーメンの画像をプリントアウトして貼り付ける。なるべく綺麗に写真用の紙でプリント。HCUではスマホで画面が見せられないので、この画像を見ることで退屈な時に先のことを考えるきっかけになればいい。夫はすごくアイデアマンだ。長女が帰ってくる頃には部屋も変えて友達を呼べるようにしたいと言っていた。前を見ている。

幸い次女が帰ってくるのが遅い曜日なので、それまでに私は近くの病院(長女が一番初めにかかった病院だ)に行ってインフルエンザの検査をしてもらう事にする。今年は熱が低くてもインフルエンザになる例が多いらしい。インフルエンザだと熱が下がって5日くらい経たないと行けないだろう。

内科に行って症状を書く紙に発熱とついでに2日前のすごい胸の痛みのことも書く。するとインフルエンザの検査に合わせ血液検査と心電図を取ってくれる事に。採血をしてくれる看護師さん、長女が2週間前に点滴をしてくれた看護師さんだ。看護師さんは私がその母と気づいているのかいないのか分からないテキパキとした動き。心の中で言う。看護師さん、あなたが点滴をしていた時の娘はまだ胃腸炎でウンウン唸ってて点滴を嫌がって、でも我慢して点滴して…具合が悪そうだったでしょ…今、脳梗塞になっちゃってるんですよ。脳梗塞だよ?左が麻痺して、ずっと今も点滴してるんです。思いもよらないでしょうね…私も思いもよらないよ…

心電図に時間がかかりそうなので母に次女のお迎えのあと、母が長女の病院に向かうのにバスの良い時間を伝え、その後次女は一人でお留守番できる旨伝える。私が家につくのはぎりぎり間に合うか少し遅いくらいだろう。

診察結果はインフルエンザは陰性。診察する先生「インフルエンザは陰性ですよ、不幸な事に…」(…??)「インフルエンザだったら特効薬あるんですけどね、他のウイルスの感染は特効薬ないですから、自然に治るのを待つしかないですね。1週間くらいかな」血液検査の結果を説明する先生。心電図に問題はなかったようだ。私「娘が入院してるんですけど、付き添いも1週間できないですかね…」「そうだね、うつっちゃうからね。」(まじか…)「娘さんはなんで入院してるの?」一瞬迷ったが言う事にする。「……………脳梗塞なんです。」「…それはお子さんでは珍しいね、お子さんは一人?」「二人です」「上?下?」「上です。」「またどう言ったあれで…」

「始めは2週間前に胃腸炎のような症状で熱が出てゲーゲー吐いて、なかなかよくならないのでこちらで点滴を受けて、それでもよくならないから次の日もこちらで点滴を受けたんですけど、血液検査の数値が良くないので、〇〇病院にこちらの紹介で入院して、3日で胃腸炎の脱水は良くなって退院となったんですけど、退院したその日の夕方に左に麻痺が出て、すぐ病院に戻って、CTとかMRIをとったら内頸動脈とかに詰まってたんです。で、今度はまた大きい別の病院にうつって、血液サラサラの点滴をしてるんですけど、基底部と言う所が梗塞していて脳出血すると更に良くないと言う可能性もあると言うので集中治療室で安静にしていて。それで病院を移る時に心臓に血栓だかなんだかがあったんですけど、それが今は足の動脈にうつっちゃって、でも足の血流はまだ半分くらいあるから、手術すると脳の方にも悪いと言うので、今はCTやなんかの検査をしながら見ている感じなんです…」

言い出したら止まらなくなって一気に言ってしまった。

「それは専門じゃないからあれだけどウイルス性心膜炎と言う事があるかもしれないね」「あ、確かにそれは言われました。検査を重ねている段階ですね」(確か血液培養をしたらウイルスは検出されなかったから可能性としては低くなった、みたいな事いってたな…)

「それはお母さん…胸が潰れるような思いでしょう。ほんとに。でもね、僕もくも膜下出血で脳にコイルが入っているんです。くも膜下になった時は“あ、死んだな”と思った。でもこうやっていられる。両親もガンになって僕が手術して大往生しました。色んな患者さんを見てきて、どんな事も“宿命”だと思うんです。お子さんも悪くないし、あなたも悪くない。そう言う“宿命”なんだ、と納得するしかないんだよね。その中で納得しながらどうやって生きていくか、ってことだよね。結局あれはああなる運命だったんだと、後になってそう思って良い方に向かっていければいいわけ。色んな患者さんがいるの。漬物ダルで溺れて亡くなったお子さんのお爺ちゃんお婆ちゃんが私に泣いてすがってどうにかしてくれ〜って言うんだけどもう亡くなってるの。お爺ちゃんお婆ちゃんは責任感じちゃってね。あと成人式で晴れ着きたお嬢さんが車で轢かれてね、僕ずっと縫ってたんだけど、轢いたのがお嬢さんの彼氏でね、お父さんが殴りかかったりね。あと自分が手術した方がね、それこそ退院すると言う時に血栓が肺に飛んで肺梗塞になって亡くなったりね、その時は辛くてね、訴えられるかもと思ったけどね、良い先生に手術してもらえて良かったですってご家族が言ってくれてね。そんな風に色んな人がいるの。でもそれが“宿命”だと思って受け入れていくしかないんだよね。あなたも辛くなったらまたここに来て話してくれて良いから。ほんといつでも良いから。今はあなたがしっかり治してね。ICUだったらあなたにできる事ないから。」

「ありがとうございます」

「こう言う時だいたい父親はしっかりできないんだけど、旦那さんはどう?」「あ、いえすごくしっかりして、退院したらこうしようとか娘に前向きな言葉をかけたりして…」「それは良かったねぇ。こう言う時父親は娘とバージンロード歩くはずだったのに…とかぐちぐち言うもんだよ。立派なもんだね。それは安心だ。僕なんて子どものことで信用ないからね。妻は子どもの病気の時に別の病院に見せに行くんだから」「ははっ」

色んな人を見て来たお医者さんならではの言葉で力強く励まされ、ビリビリに破けていた所を少しテープでくっつけてもらったよう。破けたあとは完全に綺麗にはくっつかない。テープで止めて少し元の形に戻す程度なら、今は。

しかし1週間はきつい。私は大事な時に長女についていられない呪いにでもかかっているのだろうか?それとも私がパニックにならないように優しい采配をしてくれてるのか?

神よ、憐れみたまえ。

“1週間は行けない” と夫にショートメール。

「あら、そっか。。。
看護師さんに聞いたら、おばあちゃんでも、事前に教えてもらったら一人で入れるって教えてもらった
ばぁばに復活するまでは付き添いお願いしよう」

ほっ、とするけど母には毎日の食事や家事もお願いしているのにこれ以上負担をかけるのが心苦しい。早く治って家事の手伝いができるようにならなければ。

夫から立て続けにショートメール

「CT今日撮って結果を聞きました。
変化はほとんどないのでボロボロになった血管から血が滲み出てるだけだろう、ということ
また、その状態は3-4週間続くだろうけど、問題ない、とのこと
なので治療の方針は変わりません。」

「また、今日は膠原病専門の先生に隣の病院から来てもらいました。
心臓の血栓の原因を特定するために新しく参戦してもらった、とのこと」

私「おぉ 膠原病が家系にないか結構聞かれたもんな」

「膠原病、もしかしたらウチのオカンがかかってるかも」

私「まじか 聞いてみてください」

「あと、長女ちゃんに病気の説明もした。

心臓に血栓ができて、それが脳に行って血管を詰まらせた。んで半身が動かしづらくなった。
4週間はまた血栓ができる可能性があるからリハビリはその後。
リハビリ始まったら、寝てるだけが良かったって長女ちゃん言うかもねwって笑い話な感じで伝えた」「あと、血管が詰まるのはそのままなの?って聞かれたからうん、そう
でも、他の血管がそのうち頑張りだして血液を流すようになるよって伝えた」「基本、全部本当の話で、障害が残る可能性があるってことについては伝えない方針です。」私「了解です」「あと、学校に行ってないから、時間の無駄って言ってただから、確かにみんなとは同じ経験は今はできないけど、その代わり、長女ちゃんはみんなが経験できないことを経験してる
その経験はこれからの人生で絶対ためになるから頑張ろうねって伝えた」「基本、人間は何もしないことに苦痛を感じる
仏教の僧侶でも難しい
それを長女ちゃんは今やってる
すごいねぇって伝えたらDVD見てる時は違うけどねって答えてた」「あと、やりたいことノートの写真のクオリティが凄いよくて喜んでたよ」私「おぉ良かった」

「おかん、関節りゅうまちの膠原病だった」私「まじか」「明日、先生にインプットしとく」

膠原病がもし原因なら一生付き合っていくタイプの難病になる…原因が分かるかもしれないと言う希望も見えながらその希望によって決して明るくはない未来も見え、複雑な心境になる。

てか家系に膠原病とかいませんか?って前も聞かれたような気がするけど夫がいない場面だったのかな…関係なければそれが一番なのだが。しかしお義母さん膠原病のリュウマチって大変じゃないかい。広島に戻って救急で歯医者にかかり、歯を2本抜いて膿をかき出したらしい。そんな大変な中来てもらっていたのに更に膠原病とは。なかなか大変な事だ。

まだ夜になると熱が出て頭がいたい。

夕食はほとんど食べられず。匂いの濃いものは無理だ。野菜入りのすまし汁は頂く。

次女、母とお風呂に入るのを嫌がるので私がお風呂の外から次女を見ているから、と言う方式で納得してもらう。(夕方に “なんでばあばとお風呂イヤなの?” と聞いたら“からだがこわいの”と小声で言う。確かに母のお腹にはホクロがいっぱいあってそれが怖いのだろう、でもそれを言うと母は傷ついちゃいそうだし黙っている事にする。)

ドアを半開きにしてなるべく私の目から母の姿が写らないようにする。なんせ小学生以降、母の裸なんぞ見ていないのだ。今さらそんなんどうでも良いのだが、向こうも気恥ずかしいだろう。風邪を皆にうつさないようにこの方式が最善だろう。

母も今日は病院に行ったりして疲れただろう。夫には外で食べてきてもらう事にして寝る。ただ夫も疲れているだろう。早く治ってほしい。

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